つながり

揺れる花ほど根を示す

順調に年齢を重ねていた80代の女性。
ある日進行がんが見つかりました。
「私はやりたいことをすべてやったので、明日死んでも構わない。余計な治療はしないで。ただ、痛いのはとってね」
と初めての診察ではっきりとおっしゃいました。

翌週にお会いすると「あと半年、生きていたい。どうにかしてほしい」

あまりにも大きな方向転換に、僕たちは戸惑いました。
なんなら、その方の自分で決める力を疑ってしまう気持ちすら湧いてきました。

いや、 矛盾を感じたらコミュニケーションを深めるチャンス。
揺れ動く時こそ、じっくり話し合い、信念を見つける機会になる。

また、片目ではものごとは立体的に見えません。
医師だけでなく多職種や家族、友人、いろんな目線で話し合う時間をつくるのが大切です。


在宅医療では、 本人が語らなくてもたくさんの情報が入ってきます。
初めて診察に向かう道中、あ、こんな景色に囲まれた街に住んでるんだな。
家に上がった時の、明るさ、におい、雰囲気。
ベッドの周りにある、趣味の品、生活道具。

この方のベッドの周りには、たくさんの家族の写真がありました。
特に、19歳になるというお孫さんとの写真では、とびきりの笑顔が見られます。

成長を追うようにたくさんの写真がありました。
自然と、ご家族への想い、お孫さんへの想いが伝わってきます。

自分の病気を知った孫が毎日泣いて暮らしているという。
申し訳なくてどうせ死ぬなら1日でも早く死んだ方が、孫が流す涙の量が減る。
明日死んだら、それで構わない。
でも、半年後に孫の成人式があることを思い出したら
「その日までは生きていたい」と思い直す。

信念が揺るがなくても、状況により判断は変わります。

最愛の孫を想う、微塵もブレないその気持ちは
医療行為にだけ注目している医療者から見たら、真逆の選択のようにも聞こえる。
だから、結論をシェアしているだけでは足りないのです。

孫への想いを語るおばあちゃんの目は輝き、言葉は力強い。
「延命治療はしません」という結論のように見える文字だけでは、
このいのちの輝きも力強さも伝わらない。

だから、人生会議。